筑波大の現役&OBOGが、摂理の学生生活、普段は何をしているのか?素の自分を書いています。

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摂理の筑波大学生

研修がもうすぐ終わるので、研修で得たことについて話します。


以前もお話しましたが、いまの私の研修先では、
いろいろな会社の新入社員をごちゃ混ぜにした組み合わせでチームを作り、プログラミングを学んでいます。

自分の会社の人だけではなくて、いろいろな会社の、いろいろな人たちと出会います。
自社の雰囲気とは、異なる人たちも多くいます。彼らから学ぶことが本当に多くあります。

 

なので、わたしが学んだみんなの姿について話します。

ある人は、勤務開始の1時間以上前から会社にきて、勉強しています。
研修の中でわからなかった内容に追いつくため、努力しています。
プログラミングは初心者なので、わからなくて困ることも多いですが、
自分の学んできたことについては、本当にわかりやすく伝えることができます。

ある人は、チームのリーダーで、
チームの中で本当に協力してくれない人がいても、
最後までいろいろな方法で、いろいろな角度から対応し、接してあげています。
最後までやりきることをひたすら考えて、つらいけれども乗り越えようとしています。

ある人は、いつも肯定的で、安心する言葉を相手に伝えます。
丁寧に行ない、しっかりと目を見て、感謝と挨拶を伝えます。
つらいことも感謝し、前向きに捉えます。

ある人は、今までそんなに話したことがなかった相手だとしても、
プログラミングがわからなくて困っている人がいるとき、何度も教えに来てあげ、
自分の仕事もあるにもかかわらず、関心を持って最後まで見てあげています。

 

そういった良い精神を、彼らを見ながら学ぶことができます。

 

人数が多いため、直接話したことのない人たちも多いのですが、
よい心があれば、それは行ないになっていくため、
一人一人を見ているだけでも、どのような人か少しずつわかるようになります。

しかし、今挙げた人たちはみんな、今までわたしが見くびって見ていた人たちなのです。
彼らのことを尊敬する心を持つようになった理由があります。

 

わたしには、長い間捨てきれずにいる、悪い考え方があります。
それは、人を軽く見ること、見くびることです。
外見や学歴、仕草、話し方、その瞬間の行ない、一部の行いで人を判断することです。

目の前の相手を尊重しようとし、よくふるまうことはできても、
この人から学べることはないだろう。期待できないだろう。と心の端で思うことが多くありました。

 

わたしは初め、研修先のみんなの価値がわかりませんでした。
クラスの半分以上は年下でしたから、「年下の人」として認識していました。
簡単に言うと、あまり尊敬していなかったのです。
そして一見、目立って光るところも見つけられませんでした。
逆に、みんなの悪いところが目立って見えました。

口にはしなかったし、はっきりと認識していませんでしたが、心の奥底には、ちょっとした不満がありました。
わたしは、わたしよりも高いレベルの考えを持っている人から学びたいと考えていたからです。

 

不満は、人を見くびる、悪い考えの癖からきているものでした。
わたしはいつも教会で、相手の心の中心を見なさいと教わっていたにもかかわらず、
相手をよく知りもしないで、印象から相手がどういう人かを決めつけることが多くありました。

今は、そのように不満を持っていたことは、本当に浅はかだったと考えています。
今、自分の目の前にいる人たちは、自分の足りないものを持っているし、
学ぶことができる存在であると、やっとわかりました。

 

どうしてわかるようになったのかというと、
感謝するほど、貴重さを考えてどのような価値があるかを考えるほど、学ぶことが多く見えてきました。

わたしは教会で、感謝しなさい、貴重さをわかりなさいと教えてもらったことがありました。
絶えず感謝して喜ぶことは、わたしの社会人になってからの目標でもありました。

 

感謝するには、あることに対して、素晴らしいと思えば感謝することができます。
そのためわたしはこの1ヶ月、特にチームのみんなの素晴らしい部分や、素晴らしい価値を見つけるようにしていました。
相手の価値を見出し、そして相手にもそれを伝えるようにしました。
それから、その価値が目立つような状況を作ろうと、いろいろと考えて試してみました。

自分が働きかけるけれども、自分でそれに対して一番影響を受け、
そのようにすればするほど、みんなが本当に素晴らしい人のように思えてきました。

 

はじめは単純に、御言葉通りに行なうこと、チームが上手く機能することを目的に考えていました。
しかし行なっていくうちに、人を見くびることがなくなっていきました。
今の状況で、自分が得られるものはない。という考えを忘れていきました。
多くの人の尊敬できる部分がもっと見えるようになっていきました。

 

神様は、どのような人を通して働かれるかわかりません。
自分よりも立場が低い人を通して働くこともあります。
神様が遣った人を軽んじると、結局、神様を軽んじることになってしまいます。
だから、人を軽んじる、見くびる考え方は、神様から見てよくないのです。

今回、どのような人からも、どのような状況からも、必ず学ぶことがあることがわかりました。
研修で得たことの中でも、このように考える癖をつけられたことが大きな収穫だと感じています。
なんか会社の日報みたいになっちゃった。


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