筑波大の現役&OBOGが、摂理の学生生活、普段は何をしているのか?素の自分を書いています。

menu

摂理の筑波大学生-キリスト教福音宣教会

感情の引き出し


「感情」って聞くと、「喜怒哀楽」という単語が浮かんできますよね。

「~されて嬉しい!」、「…されてすごくムカつく!」、「○○になって哀しい」、「△△して楽しい!」などなど、挙げればきりがありません。

この感情、プラスの感情だけ取り出せたらいいのにな~って思ったことはありませんか?

怒りや悲しみといった「マイナス」の感情は取り出さずに、喜びや楽しみを取り出すといった風にです。

でも、実際にそれは人間には不可能なんです。

人の感情は喜怒哀楽で1セットになっています。だから、例えば「怒り」の感情だけ取り出さず封じ込めようとしても、心のなかで「怒り」を封じ込めたら同時にほか感情も心の奥底にしまい込んでしまうことになります。

そうなると、「何も感じない」状態になってしまうんです。

「何も感じない」状態というのは、前回話した「世界が灰色に見える」といったことと似ているのかもしれません。

僕が実際そうでした。僕は人からの冗談や軽口を真に受けてしまいがちで、コーチや先輩からの冗談に対してよくカチンと来ていました。でも、そうやっていちいちカチンと来ていたら心がもたないので、ある時から何も感じないようにしようと決め、そのようにしました。

すると、確かにカチンとは来なくなりました。

でも、代わりに何も感じなくなってしまったのです。

好きな料理を食べても何もおいしくない。

面白かったTVが全然面白くない。

感動的なシーンなのに、心が動かされない。

毎日、ただ起きて、ご飯を食べ、学校に行き、寝るだけの毎日。そこに何も感じず、無機質に日々が過ぎていくだけ。

「何も感じない」というのは、怒って気分が悪くなるよりも、1万倍、いや、言葉に言い表せないほどにつらかったです。

 

僕に神様のこと(御言葉って言います)を教えてくださった牧師先生はこう言いました、「感情は神様が人間に与えてくださった宝石だ」と。

それを聞いた時に自分の心が軽くなりました。そっか。感じていいのか。と。

感じてしまうのはしょうがないんです。悪い感情も、感じてしまっていいんです。だって、人間は不完全だから。

大事なのは、感じた自分に対して責めないこと、受け入れてあげること。そして、それを相手の気分をなるべく害さないで、正しく表現し相手に伝えることです。感情が動く自分を自分で認めてあげると、毎日の生活に「味」が出てきますよ。みなさん、どうですか?


  • このエントリーをはてなブックマークに追加
当サイトの著作権について

関連記事

カレンダー

2018年2月
« 1月    
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728