筑波大の現役&OBOGが、摂理の学生生活、普段は何をしているのか?素の自分を書いています。

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摂理の筑波大学生-キリスト教福音宣教会

人生に大事なモノって、そんなに多くないから。断捨離のすゝめ。


みなさんにとって、「本当に大事なもの」ってありますか?

というのも、友人からよく、「なんでそんなに断捨離して部屋をすっきりさせたがるの?」とよく聞かれるんですよね。私は毎日何か捨てるものはないか考えていますので、結構、断捨離している方だと思います。

何故私が断舎離するのかと言われれば、

「人生に大事なモノって、そんなに多くないから」です。

もう少し踏み込んで言うならば、

「自分の人生に本当に大事なモノを見極めて生きたいから」です。

そして私に言わせれば、断捨離というのは「自分に本当に大事なものを考えぬくプロセス」であり、「哲学」に近いです。

「本当に大事なもの」ってなんでしょう?

  • 「なくてはならないもの」
  • 「そのためなら犠牲は厭わないもの」

などと言えるかもしれません。

そういうもの、皆さんにはありますか?

私の場合、物理的なもので言えば、「良い仕事環境」が本当に大事。

つまり「速いPCとネット回線」。

・・・

なんて書くと、恐ろしく無味乾燥なドライ人間のように思われますが、これがプログラマーの私にとっての「良い仕事環境」であり、これがなくては働けませんし、お金も稼げませんし、生きていけません。これがあるかないかでは、自分の人生は、専攻的に、職業的に、人との出会い的に、大きく変わっていたでしょう。

なので、私にとって「良い仕事環境」であったり「良質な道具」というのは宝物であり、極めて大事です。

なのでそのためであれば、ある程度は犠牲にできます。

たとえば、必要以上の

  • 家具
  • 娯楽
  • その他諸々。

は、良い仕事をするためには邪魔だったりするので犠牲にします。つまり捨てます。その結果、自分の部屋には、PCと寝具と収納くらいしかありません。

捨てると色々とメリットが有ります。

2つほど例を上げると、1つは、モノに囚われなくなること。もう1つはモノは大事にできるということ。

モノを持てば、そのメンテナンスが必ずついてまわります。それに時間がかかります。

いつ仕事や家庭の関係で、引っ越しするかわからない。そのときモノは少ないほうが楽です。

ものが少なければ、部屋の掃除も楽(ルンバが快走できる)。洗濯・衣替えも楽。買いものも楽。

モノが多いと、便利に感じたり、豊かに感じることもありますが、一方でそれにかける時間が増えるということです。そしてそれらにかける時間は、何も生まず、煩いとなることも多い。

そして、持つものを厳選すると、モノ1つあたりの思い入れが強くなり、大切にするようになります。「AはBという理由で持っている」というのが明確になります。そうするとエコな生活を送れるようになります。

たまに、そんなに捨てるなんてもったいない!という人もいますが、それは今後モノを大事にするための布石です。仕方ありません。そしてモノをたくさん買う人に限って、ものかなり捨てるような・・・

そんなこんなで、モノの少ない生活や、「捨てる」という行為に魅力を感じ始めると、やがて、「自分の人生に大事なものってそんなに多くない」と感じ始めるようになりますし、突き詰めれば「自分は何をして、何を求めて生活していくのだろう」という哲学に発展します。

見える「モノ」も、見えない「コト」も含めて、何が大事なのか。そういうことを考えるようになります。

摂理の鄭明析牧師は、このように言ってます。

腐る心と行ないを捨ててはじめて、腐らない心と行ないを主がくださる。

腐る心と行ないを捨ててはじめて、腐らない心と行ないを主がくださる。

要らないモノを捨てるように、自分の悪い腐っているような心と行動を捨てれば、何が見えてくるのか。次回の記事で考えてみたいと思います。

 


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